とびまるの「なわとびのこと」

なわとびのことを書いたり描いたりするブログ。

033 見るなわとび、描くなわとび

今回は「なわとびの言語化のこと」。

以前、僕がこのブログで書いてみたいことに触れた文章があった。

センスとは「モノマネ力」である - なわとび1本で何でもできるのだ

また粕尾さんの記事で恐縮なのだが、この記事には、「手に入れたいけれど届かないもの」への手がかりがあった。


なわとびに限らず、技術が求められる分野で、悩んでいる人の多くは同じ思いを持っているはずだ。なわとび(特に小学校で跳ぶよりハイレベルな技)は、動画などの見本が少ない。その見本も、動きが速かったり細部が見づらかったりで、マネすることすら難しい。そこを直感で自分の動作に落とし込める人が、センスのある人なのだろう。

でも、僕みたいにこういうことを言う人は、だいたいセンスに恵まれていない(笑)。

うらやましそうにセンスのある人を見ながら、自分もセンスが欲しいと思い、結局、センスは望んで得られるものではないと知る。

このブログで、「技」の記事の出発点は、そこにあったと思う。つまり、センスに恵まれず、努力で何とかしようと悩んでいる人のためにヒントが書ければ、という気持ち。

そんなわけで、粕尾さんの記事にあった「言語化」という言葉にはひかれた。まさにこのブログで目指しているものだったからだ。

「わかった」つもりで書いていても言葉にならない苦しさや、練習を通じてすこしずつ言葉が磨かれていく期待感は、たしかに言語化の過程なのだろう。


さて、今回は、言語化につながるヒントとして「イラスト」をあげて記事を終えよう。

僕がおまけで描いているイラストではない。
あなたの描く、なわとびのイラストだ。

見て、自分で描いてみる。描くという作業は、腕と縄の位置関係や、縄の回り方など、1つ1つを意識しないと1枚の絵にならない。だが、意識することで、なわとびという運動の構成要素を、逆に、1つ1つ理解できるのだ。

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これはリテアードトードを描いたときのこと。「トードと手の上下が逆」と説明されてもぴんとこなくて、描いたら腕と足の位置関係がつかめた。フォームを絵にしてなぞることで理解できたという思い出だ。

その「理解」を言葉にしてみよう。きっと、悩んでいたときよりは言葉にしやすいはずだ。なぜなら、言葉にする前に、一度絵にしているから。感覚を即言葉にするのは苦手でも、こうして一段階はさむことで、遠回りでも、同じ言葉にたどり着けるはずだ。

僕の場合、まだ「イラスト化」だけで、相手に伝えられる言語化にたどり着いていないかもしれない。だから、絵から理解した動きを、「言語化して」「伝える」のが、今、ブログを書く中での挑戦と言えるだろう。挑戦が実を結んで、誰かの助けになることを目指したい。


次回は、最近絵に描いてやってみた技を紹介してみます。
ウィンドミルスピン」で僕なりにつかんだポイント。