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とびまるの「なわとびのこと」

なわとびのことを書いたり描いたりするブログ。

124 「語らない」をめざして

学校のこと

今回は「クラブのこと」。

教師は授業で語らない。

僕は教師ではありませんが、学校が職場なので、「理想の授業」とか「めざす教師像」とか、先生たちの目標を聞くことが多いです。ときどき耳にするのが、「授業で語らない」という言葉です。

先生は道筋を示すだけで、あとは子どもたちが意見を出し合って成立する授業。

そんな理想があるらしいです。子どもまかせかよ! と思わず言ってしまいそうですが(笑)、説明し続けて「本時の目標」に到達するより、子どもが考えながらたどりついたほうが子どもの力になる、という理想なのでしょう。


第1回のクラブで、そんなことを気にしながらなわとびを教えました。

僕は跳び方を教えるだけ。あとは子どもが試しながら覚えていく。ときにはできる子が他の子に教えて、コツが言葉になって出てくる。そして開かれる、子どもたちにとってのなわとびの新しい世界。しかし理想は遠かった。

……子どもの悩ましい表情がつらい……。

導入のなわとびじゃんけんはまだ良かったです。2重跳びのコツ。うまく伝わらない。側振跳び。縄が回らない。回転跳び。前か後ろかわからない。

これが普通なんでしょうか。それとも、僕の教え方が下手なだけ?

ここで余計に説明を加えるのも「語りすぎ」だと言っていた先生がいます。そこでフォローできる説明ができないなら、それが自分の実力だと。半端な言葉を繰り返して自信のなさを見せるくらいなら、半端な状態でも自信があるように見せたほうがいい――。

半端にフォローするのは教師自身のためです。けして、半端な言葉を聞かされる子どものためではありません。

それを覚えていたので、今回は子どもが悩んでいても説明を繰り返しませんでした。

その代わり、個別に見て回って、すこしずつアドバイス。これでいいのか、内心ドキドキでしたが(笑)、できた子も出ましたし、できない子もどこで悩んでいるのか、すこしわかりました。

次の機会があるならこの経験を活かして1つだけでもうまくやる。

語らないことの反省は、教える側の宿題ですね。


一方、クロスフリーズや2in1はかなり子どもが授業を動かしていました

とりあえず、クロスフリーズの存在は大きいです。子どものくいつきがすごい(笑)。「何今の!?」で始まり、ゆっくりやれば全員成功。達成感は偉大ですねー。回してからキメて見せると、自分たちで何度も挑戦しはじめました。

2in1もそうです。2人技の経験がないに近いのにメニューに入れちゃいましたが、一言もヒントを言ってないのにこの流れ。

「2人せまっ」
「肩組めばいいじゃん」
「うし、せーのっ」
「……、おー! いったぁーっ!」

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これが語らない授業なのかな……。自分がどれだけうまく説明できたとしても、この流れには勝てません。2人技は相手があるから、自分たちだけで進みやすいのもしれませんね。1人だと、アドバイスがあっても「抱えて」しまいますから。

2人技、第1回から入れて正解でした。


「語らない」のは、演技も似ていますね。

語ると、押しつけがましくなって、一方的な内容になってしまう点が似ています。見せたい技にこだわると、技を見せるために無茶なフォームになることもあります。これは、見ている側にはあまりいい印象にはなりません。

見ている人が考える余裕のある演技。

今回のクラブは、自分のなわとびにもつながる、手ごたえのある時間でした。