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とびまるの「なわとびのこと」

なわとびのことを書いたり描いたりするブログ。

135 縄が死んでいる

技術のこと

今回は「手の技術のこと」。

先日の演技以降、同じ内容で練習をしていますが、ずたぼろです……。

ひっかかる。からまる。グリップを落とす。

前回の、改めて基本の姿勢を保とうという考えで跳んでいるはずが、もはやめちゃくちゃです。そのうち、重大なことに気づきました。


縄が死んでいる。

ふにゃふにゃしているということです。

うまく回らない縄は、ちょっと交差が入ると広がりきらずにとても跳びづらくなります。スピードも遅いので、多回旋になると跳びきることすら危うくなります。

手に力が入っていない。

原因はここにあるようです。特に左手。利き手でないほうに明らかに力が入っていません。とりあえず、利き手(右手)の力でなんとかなってしまうと、左手が適当状態になっています。

ただ、左右の力の入れ具合だけが理由ではありません。そもそも、縄に勢いがないことが多いのです。たとえば、予備跳躍。前回しにしても後ろ回しにしても、縄がたるみがちです。

手を抜いてるんですね。予備跳躍だから縄は適度に回せばいい。そういう判断です。

適度って何? 縄の回転が弱くて変にゆがんだり、体に当たって失速するのが適度でしょうか? そんなわけありません。適度とは、全力ではなくとも、縄の形が崩れない程度には力が入っていないといけないのです。


縄を回せていない。

僕がずっと抱えていた弱点は、これなのかもしれません。

過去の演技を見ると、どれも縄が弱々しい。自分では回せているつもりだったんですが、かろうじて回っていたと言うほうが正しかったみたいです。そんな、ちょっと弱く、崩れた縄に合わせようとするから、ときどきジャンプも危うくなっていました。何より、跳ぶ以前の小さなミスがロスになると、曲に合わずにあせりにつながります。

気づいたときにはだいぶ疲れていたので、一部の技だけ試してみました。

かなり楽に通りますね……。当たり前と言えば当たり前ですが、どれだけ自分が控えめに回していたのかわかって、愕然としました。主に手首の回しを強めにしただけで、縄が回って通るまでの勢いが違います。

もう1つ効果的だと思ったのは、回すために一瞬「手を構える」ことで、「間を取れる」ことです。技を連続するときだとコンマ数秒の「間」。それでも、一瞬の立て直しができているように感じました。

しばらく、跳ぶこと(足)を優先してタイミングを図ろうとしてきました。でも、跳ぶために回すこと(手)のほうがおろそかになっていたのかもしれません。おろそかというより、技術として未熟なままだったというのか……。


ただ、演技の中でこれを実現できるかは不安です。

複数の情報を整理するのが苦手な自分にとって、音楽、跳躍、姿勢といった複数の課題がある中で、瞬間的に手に力を加えるところまでできるかは自信がありません。そこを気にしたら、今度は別の部分を見落とすんじゃないかという不安。

それでも、今のままでは「生きた縄」にはなりません。スムーズに縄が回れば、これまで悩んできた小さなミスが減る見込みがあります。技の精度も上がるかもしれませんし、フォームも崩れづらくなるかもしれません。

見込みとか、かもしれない、しか言ってませんが(笑)、きれいに跳べるのを目指して、挑戦してみます。

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