とびまるの「なわとびのこと」

なわとびのことを書いたり描いたりするブログ。

204 ペダンティック

今回は「見せびらかしのこと」。

ペダンティック衒学的という意味です。

英語も英語なら、日本語も日本語ですね。意味以前に、そんな漢字初めて見たわ!という人もいるはず(笑)。

「げんがくてき」と読みます。知識を見せびらかすこと、くらいの意味です。この言葉を出した時点で、知識の見せびらかしという気がしますが……。

「濃い」話をするとき、見せびらかしになってないかと考えるのは大切です。


昔、ミステリをたくさん読んでいたころに、この言葉に出会いました。

ミステリには、この手の「専門世界を語るシーン」がたまに見られます。推理小説なので、だいたいストーリーのどこかに関わる伏線・ヒントになっていることが多いのですが、とにかくくどい

自分も興味を持てる話ならともかく、興味がないと、何ページ続くのこの専門話?みたいな気持ちになってくるんです。でも、けっこうそういう部分が、何かにのめり込む異常性とか、閉ざされた雰囲気とかを生んでいるらしくて、10人に2人ウケればいい、みたいな評価で、ちゃんと本になるのです。

当時は、10人に2人になれるかもしれないと思って、無理してでも読むことが多かったですが、最近はそれっぽい雰囲気のミステリは読まないですね……。たぶん、終盤の真相で衒学的だったシーンの意味が明かされても、そのシーンを読んでいたときのくどさのほうがきついだろうなと思うからです。

そんな衒学的さん。このブログも顔を見せていないわけではありません。


自分のブログは、読む人を選んでいると思います。

書いているのはなわとびのことばかり。誰もが子どものときにやる運動なので、一見誰でもなじみがある話にも思えます。

ところがこのブログ、かなり「単縄」の話が多いです。前回もEBとかCLとか、限られた人(つまり単縄の人)しかわからないことを書いてます。一般的な「短縄」だけ知っている人には、なんでアルファベット?という話ですよ。

ブログのアクセス数を参考にするようになって、小学校でなわとびが行われる冬には、やっぱりアクセス数が増えるのがわかります。普段より増えたぶんは、きっと「短縄」の人からのアクセスです。

はやぶさとか3重跳びはまだいいでしょう。でも、他の話を読んでもらったときに、「短縄」の人が読みやすいかと言えば、けしてそうではありません。「単縄」ワード全開で、つまりは衒学的で置いてけぼり、と思われる可能性があります。

200で、このブログは誰かのためではなくなってきていると書きました。それでも読み手は意識しています。ただし、単縄の人しか読まないだろうという予想で……。

専門用語があっても、読める話は作れると思います。

内容がおもしろければ、専門用語は、だいたいこんな意味かなくらいのイメージで読み流せます。話の上手な人は、「難しいことを簡単な言葉で言う」と言われますしね。

まあ、もともとなわとびのことばかり書いているブログで、単縄用語が見せびらかしかというと、そうでもない気がしますが……。むしろ、なわとび以外の知識をこれでもかと書きまくることこそ、衒学的というのでしょう。

ただ、普通の人がなわとびの話かと思って読んだらえらく専門的で、「なにこれ、世界が違う」と思わせてしまうのもどうかな、と思ったのでした。このブログは、単縄の人限定公開じゃなくて、いろんな人の目にとまる可能性がありますから。


相手のことを考えよう、という話ですね。

なわとびの演技だって、単縄的にはテクニックのあることをやっても、見る人がよくわからなければ、ただの変わった技です。見せびらかしですね。ましてや、なんとかできるレベルで跳んだり、あげくのはてにひっかかったりしたら、見せびらかしを通り越して、ただのおそまつです。

覚えたばかりの難しい言葉・知識を使ってみたいというのと、難しい技を跳んでみたいというのは、とても似ています。使う場面を間違えたら、ただの見せびらかしです。使って見せる相手は、どんな人でしょうか。

こういうふうに書くと、ちょっとだけ啓発系のブログに見えてきますね(笑)。そういうのを目指しているわけでもないんですが、それっぽいことを最初に書いて「つかみ」にするだけでも、なかみがペダンティックに思われても読み進めてもらえるのかもしれません。

今回のイラストは、単縄の人ばかりなら、お茶でもすすりながらいくらでも単縄用語を出せるよね、というつもりで描いているうちに――。

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なんかうまいこと言ってるとびまるさんでした。