とびまるの「なわとびのこと」

なわとびのことを書いたり描いたりするブログ。

306 うれしかったこと

今回は「思い出のこと」。

単縄を始めて6年くらいになります。

その半分以上は跳べない苦しみだった気がします……。それでも、うれしかったことがいくつかあります。


初めて拍手をもらえたとき

初めて人前で跳んだフリースタイルはずたぼろで、そのあとおまけで自由に跳ばせてもらったときまでずたぼろでした。ただ、あとから映像で見返したら、自由に跳んだときのTJで拍手してもらえていました。

今までで一番うれしかったのはこの拍手です。

一度人前でフリースタイルを跳んでみたい ―― そんな夢を持っていたとき、拍手をもらっているシーンをぼーっと空想するのもまた夢だったと思います。始まりや終わりで必ずもらえる拍手じゃなくて、演技の中で見ている人が自分から叩いてくれた拍手。初めて自分のなわとびを認めてもらえた瞬間でした。

それからは、とにかくミスの少ない演技をしないと……と重圧ばかりだったので、拍手をもらえると、うれしいより先にほっと安心するパターンばかりです(笑)。


先生が他の学校でやってくれた

学校のなわとびクラブを一緒に教えてくれた先生が、転勤して他の小学校に行きました。その先生が用があって夜にうちの小学校を訪ねてきたときがあったんですが、翌朝、僕の机の上にメッセージが乗ってました。

“クラブでやった技をさっそく子どもたちに教えました。また教えてください!”

朝から胸がつまりました。

最初は、わざわざこれを書き残してくれた先生の姿が浮かんで感謝でいっぱいだったんですが、そのうち、自分が初めて「だれかになわとびを渡せた」ことに気づいてすこし震えました。

先生と一緒になわとびを教えた意味はあったんだと感じた瞬間でした。

この先生は授業でもゲストで呼んでくれました。ずっと感謝しています。


「なわとびクラブ、超楽しい!」

学校でクラブに入ってくれた子が、家で言ったそうです。

なわとびが得意で大好きな子です。この数年で子どもに教える機会は何度もありましたが、うまくいったのは、やっぱり、もともとなわとびが好きな子相手のときです。

そんな当たり前のことが、うれしい瞬間でした。なかなかうまく教えられない中で、喜んで跳ぶ子が思いきり楽しんでくれるだけでも、救いになりました。

ちなみに担任の先生が個人懇談会でそういう話を聞いたそうです。懇談会でなわとびクラブ登場(笑)。最初は笑いました。でも、懇談会で学校が楽しいという話を聞けて、それがなわとびクラブだったなんて、この先もうないかもしれない、とあとでゆっくりかみしめました。

雑談のようで、僕にとっては、たった一度かもしれない思い出になりました。


3つ書いた話は、どれも学校のことです。

たまたま働いていた小学校という場所で、なわとびを見せて、広めて、楽しんでもらいたかった ―― ぼんやりとした目標や夢があったとしたら、それは全部かないました。学校が比較的自由な場所なので、できた話だと思います。

どれもだれかのおかげでした。

だれかが見てくれて、広めてくれて、楽しんでくれたからかないました。思い出の後ろで、だれかに支えてもらいました。

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