今回は「観察のこと」。
観察についてのエッセイが、なわとびにつながるな、と思ったので1本。
森博嗣さんの『つぶさにミルフィーユ The cream of the notes 6』(講談社)というエッセイで、100個のテーマが文庫2ページで1つずつ載っている本です。
今回引用するのも、見開き2ページの一部です。
以下引用は、「67 観察とは、観察し続けることでしか実現しない」より。
このテーマで、観察のポイントが2つあげられています。
つまり、対象を理解するためには、そのものがどう動くか、どのように移り変わっていくのかをまず見る。
これが1つめ。変化・経過に着目しなさいということですね。
なわとびの動画だと、コマ送りで見ることが多いと思います。そうしなければ変化(動き)を追いきれないので、なわとび的にはよくある観察です。
これは短時間の話で、もうすこし時間を追うと、変化というより経過になります。
経過の観察は、たとえば「過去と今の動画を見比べてどう変わったか」が一例ですね。自分自身ならただの成長・上達ですが、その変化を、まだたどりついていない人へのアドバイスに使えたとき、観察した価値が生まれると思います。
違う視点で思ったのは、「うまい人は完成形・ゴールでしかない」ということ。
上手な人を参考に……はよくあるものの、それは「到達点という一時点」の観察なんですよね。いきなりそこだけ着目して、はたしてうまくいくのか?
「どういうふうにうまくなったか」という経過(比較)にこそ、より参考になるものがあるかもしれないと思いました。上手な人の動画でも、過去と今でどう上手になっているのか? こういうのも1つの見方かもしれません。
もちろん、上手な今を見るだけで、どうすればそうなれるかをイメージできる人もいるとは思いますが……。
2つめは「視点距離」です。
もう一点は、観察する範囲である。マクロに見るかミクロに見るか、ということ。
コマ送りに比べると、動画を拡大縮小することは少ないでしょうか……。むしろ、コマ送りで細かく着目することが「ミクロに見る」と言えるのかもしれません。コマ送り・停止した瞬間は、どこに視点を集中しているかの世界ですし。
スピード競技だと、初めて見たころ、けっこう移動しているのが新鮮でした。これは「マクロに見る」……ですかね。フリースタイルの「移動しているか」という採点項目もこれに近い気がします。
エッセイでは、角度を変えて見ることもそうだと書かれていました。これは、背面に手が回る技も多い単縄では、よく思います。ハミングバードや、変わったラップは、違う角度でやっている動画をよく探しました。見えないと動きがわからないんです。
たった2ページ読むあいだに、イメージばんばんでした。
そんな観察についての文章は、次の一文で締められています。
もし対象が変化しない場合は、観察する価値が低いと思って良い。
もうすぐ夏祭りで、1年ぶりに曲つきで演技。僕は、変化できたでしょうか。