とびまるの「なわとびのこと」

なわとびのことを書いたり描いたりするブログ。

406 人とAIの2in1

今回は「AIのこと」。

世の中、AIがいろいろなところで使われるようになってきました。

単語の予測変換、養殖の稚魚の選別、オークションの偽物判別……。

最近見た話だと、こんなのがありました。いろいろ使いどころがあるなら、なわとびにだって活用できそうじゃない? ……という話です。


AIの基本はディープラーニング、というイメージがあります。

膨大な情報を学習すること。そうやって蓄積したデータをもとに、目の前のものごとに対応します。将棋や囲碁でAIが最強に近づきつつあるのも、膨大な譜面を学習して、膨大なパターンに対応できるから、らしいですね。大ざっぱに言えば、無数の総当たりに近いように思えます。

なわとびだとどうでしょうか?

たとえば、膨大な数の画像や動画を学習することで、理想の跳び方とは何か、という基準が作られます。それができたら、自分の跳び方をAI搭載のカメラに「見て」もらうだけで、問題点が表示されます。修正された動きを自動表示することも可能でしょう。

つまり、目に見える動きはAIに「指導」してもらうこともできるわけです。

競技のジャッジも、「形」を見るだけならAIに任せてしまえるかもしれません。前回ふれた、サイドスイングの判定についてもそう。「サイドスイングの瞬間の接地」という基準があれば、厳密に判定が下されます

学べば学ぶほど精度が上がるなら、審判員が疲れで判断力が鈍るとか、人によってジャッジの基準が揺らぐとかいう問題すらも、AIが解消してしまいます。

膨大な動き情報からの分析、ブレない視点での判定、そうした部分でAIは使えそう ―― そんなイメージがわきました。


ただ、AIの判断の大もとは、人が与えるものです。

理想の跳び方1つにしても、何が良くて、何が良くないのか、最初の基準は人が作ります。ジャッジも、何を認めて、何を認めないかがないと、AIは判断できません。

ここが難しいところです。

これは人対人で同じ議論をしたときに生まれる問題そのもので、ここが解決しないと共通の基準が作れません。

「それこそいろんな人の指導、過去のジャッジを全部学ばせればいいじゃないか」

と、AIならではの手段も浮かびます。ただ、ここからAIが何を導き出すのか。

無限の可能性を考えられるために思考が進まなくなるフレーム問題という難問があるそうで、たとえばAI探偵がいたとすると、普通なら無視するような推理まで全部検討しだして止まらない……なんてことも起こります。(実際にそういうミステリがあります)

きみの考えるのはここまで! と限定すれば、なんとかなるとかならないとか……。


そこをクリアしても、昔からある「機械ならでは」の問題は残ります。

要するに、機械的、冷たい、というアレです。

限られた条件で最適の判定をするAIジャッジ(フリースタイル)がいたとして、プレゼンテーションをどう判断するのか。ひょっとしたら、技そのものはありがちでも、演出のうまさだったり、必死で繰り出した姿に心打たれたりして、点数が変わるかもしれません。それをAIはどこまで「読める」のか

指導もそうですね。ふと思い出したのが、次のせりふで、

毛利先輩…
もう4.06mm程 手前がベストな 返球位置です

おっと 悪い悪い♪

   ―― 許斐剛『新テニスの王子様』25巻(集英社

これ、トップ選手とはいえ中高生が試合の中で言ってます。マンガだからこそこれもアリですが、実際に言われたら 100分の1mmまでつっこまれて、逆につっこまずにいられるかどうか……。

そこには人が入って、うまく人とAIのハイブリッドで回していけるのが、今は理想なのでしょう。

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「人かAIか」みたいな両極端で話題があおられることも多いですが、大切なのは、あくまでも大元になっている人が、線引きを見極めることでしょう。なわとびでも、そうやってAIが導入されていくと、おもしろそうですね。