とびまるの「なわとびのこと」

なわとびのことを書いたり描いたりするブログ。

586 指のこえ

今回は「配慮のこと」。

最近まで足の指をケガしていました。

なわとびでの事故ではないんですが、折れたかと初めて思ったほどでした。普通に歩くだけでも力をこめづらい、いつもの感覚ではなくなった足。不安でした。徐々に良くなっていく中で前回の話を更新したあと、こんな話が話題の一覧で上がっていました。

イラスト業界のこういう話は初めて知りました。内容は問題提起に近い書きかたで、その視点とはすこし違うかもしれませんが、なわとびの話です。


グリップを持つときに指をどういう形にするか?

有名なのは、親指を伸ばすようにする持ちかたでしょうか(ダブルダッチでも見ます)。交差だと人さし指が良いとも聞きます。普通に握るよりもグリップを支えられる感じです。僕は左手が弱くてすっぽ抜けやすいので、薬指や小指で支えるのも個人的には大切です。

上の話を読むと、当たり前のように指を使うアドバイスすることが難しく見えてきます。考えてみれば、仕事場である学校でも、立てた指に注目させるとか、逆に子どもに指で示させるとか、そういう指導は実は …… と話を聞くときもあって、初めてどういう意味か知る先生もいます。僕も過去に聞くまではそうでした。

「あるのが当たり前」が配慮に欠けるという見方がそこにはあります。

ただ、これを言いだすと、「あるのに使えない」という声も生まれます。なわとびの持ち方なら、指で支えると回しやすいのが実感できるのに、注目させられない。


たぶん、このへんで自分の視点はズレはじめているのだと思います。

使わざるをえない場面までは縛らない。音楽の授業なら、鍵盤ハーモニカもリコーダーも、指に注目しないと話が進みません。なわとびだって、いいアドバイスになるなら、ときに指はクローズアップされるものなのでしょう。

裏を返せば、必ずしも指がポイントにならない場面で指のことをどう取りあげているのか? ―― ここに配慮の有無が生まれるのかなと思いました。

翡翠は両手の五指を広げて、ひらひらと踊らせた。十という数を示しているらしい。

      ―― 相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(講談社


今読んでいる小説にあった一文。2019年のミステリランキング5冠だった作品の文庫版です。こういう文も校正で確認されているのかなと、文字を追うのがいったん止まったあたり、考えれば引っかかるものだとわかります。

言葉1つとっても、指示、指名、指導、指摘 …… 指を想起させる熟語はすぐに並びますね。とはいえ、イラストを描いていると、角度的に5本描ききるのが難しいシーンになっていたり、指が隠れることで補完効果的な印象を感じたりもします。心にとめつつ、聞かれたときには答えられる姿勢を持つことがまずは一歩、でしょうか。


足の指をケガしたとき、跳べないままになった自分を想像しました。

腰痛とか、単に技術不足でも、治れば跳べるし、へたでも宙に舞えます。それすらままならない状況は、普段はあまり浮かびません。それでも、うまく技を跳べない自分だったから、自分も、同じような「だれか」も、心が晴れる程度の光が当たるようにいろいろ書いてきました。これを、できない人への配慮とまで言えるのかはわかりませんが……。

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丸めた新聞紙を使う、回しかたの練習。指でなくても、道具で感覚をつかむ道もあります。いろんな選びかたを認められると幸せですね。