とびまるの「なわとびのこと」

なわとびのことを書いたり描いたりするブログ。

597 交差は跳ばずに覚えよう

今回は「交差のこと」。

過去に何度か書いた話です。

・手を交差して回すってどういうことなのか?
・おへその前でバッテンができるか?
・縄が横にそれていないか?
・縄がいつ足もとに回ってくるか?

などなど、交差とび・あやとびで交差を作るとき、跳ばずに回すことだけに集中して覚えましょうという話。4つめのポイントなんかは、[交差 → 跳ぶ]という流れで、タイミングで混乱する子に向いています。

ただ、最近学校で子どもに教えたときに、「跳ばない効果」がまだあるように思えました。


跳ばなければ、「思わず手を開く」のを防げるのではないか?

あやとびで、交差も完成しないうちに手を広げてしまう子をときどき見ます。これ、手だけなら[交差 → 開く → 交差 → 開く … ]ができるのに、跳ぶ動きに合わせられなくて思わず次の動き(開く)をしてしまっているのだと思ってました。ところが――。

それは、休み時間に上のやりかたで交差を教えた子が、交差とびを2~3回跳べたあとに起こりました。

今度は僕は何も口を出さず、その子が自分のリズムで交差を跳ぶ ―― はずのところでいきなり手を広げたのです。さっき、交差のまま縄を回せたばかりなのに……。本人も「なんで?」と半分あきれたように笑って再挑戦して、でも、やっぱり手を開いてしまう。

そのとき、僕は気づきました。その子が、ジャンプと同時に手を開いていることに。


慣れない子は、ジャンプすると反射的に手を広げてしまうのではないか?

そう思って初めて考えたのですが、慣れない子にとって、なわとびとは「前とびしか存在しない世界」なのではないでしょうか。つまり、前とびという手を開いた姿勢のイメージが強すぎて、何かしようとすると体が勝手に手を開いた姿勢になってしまう

何かするといっても、「前とびしか存在しない世界」では、回す・跳ぶしか動作はありません。回すなら当然手は開く。そして、跳ぼうとするなら「反射的に」手が開く――。

その子が交差とびを3回跳べたときは、直前まで、跳ばずに交差を足の下に持ってくるのを繰り返していました。おそらく、「腕を交差させた状態」が一時的に体にしみついて、手を開く動きよりも交差のほうが強いイメージになっていたのだと思います。

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手を開いてしまうという反射的な動きを、一時的ではあっても押さえこむほどのイメージの上書き。それが、跳ばずに交差を繰り返すことで生まれたと言えます。


597 跳ばずに交差を押さえこむ

これ、今回のもう1つのタイトル案でした。取りあげた話としては、むしろこちらがメインだったかな …… とも思いましたが、せっかくのなわとびシーズンですし、それっぽいタイトルのほうをあえて選んでみました。

それにしても、「前とびしか存在しない世界」って、ちょっと鮮烈でした。

ひとりで勝手に浮かべた解釈や想像にしても、何か、なわとびの根源をのぞきこんだような緊張感があります。そこにどんなものを見てとれるのか……。今年の技術話は今回が締めですが、いい気づきを残せたと思います。