とびまるの「なわとびのこと」

なわとびのことを書いたり描いたりするブログ。

707 縁石飛行少女

■ 目に映るのはとびたい気持ち

今回は「飛行のこと」。

梅雨は水たまりの季節。

雨が降れば水たまりが残ります。通勤で使っている小道にもそんな場所があって、道の隅にある排水口がしょっちゅう詰まるせいで、小道いっぱいに水たまりができるのです。

この道は、高さ30cmくらいのブロック塀にはさまれていて、水かさもそんなでもないので、みんな水が跳ねないように、でも、2~3歩は水面に踏みこんで歩くしかありません。

学校が近い高校生もよく歩いていて、やっぱりゆっくり足を踏みいれて抜けていきます。ところがある日――。


ひょいと、そばの塀に跳び乗った女子生徒がいました。

近くの高校の制服。僕の前を2人連れで歩いていて、一方の子が片足を塀に乗せたかと思うと、塀にのぼって歩きだしたのです。

 ―― ちょっと、何やってんの(笑)

もう一方の子があきれたように言いながら、ちょぴ、と水たまりに靴を沈ませてゆっくり足を進めていました。その横で、塀にのぼった女の子も、結局せまい塀の上でゆっくり歩くしかなくて、翼の曲がった飛行機みたいな姿で揺れながら笑っていました。

水たまり区間が過ぎたあたりで塀からおりた女の子。「作戦成功!」みたいに口の端を上げて横の子に笑いかけて、「いや成功も何もないから」みたいに返されていました。

2年前か、3年前くらいの記憶です。梅雨ではなく、秋口くらいの雨上がりだった気がします。ずっと印象に残ってる朝の光景です。


見ていて、気持ちよかったんですよね。

道路沿いの縁石の上を歩く子どもって、みんな一度は見たことがあるし、やってみたこともあると思います。幼児くらいの子なら、隣で手を握ってもらいながら……。

高いところを歩きたがるのは、人が飛べない生きものだからだと思うんです。

縁石とかブロック塀みたいなせまい足場だと、ちょっと不安定なところがかえって浮遊感があるのか、すこしだけ「空中」に身をさらして近づけたような ―― そんな夢心地になれるのかもしれません。

なわとびも近いものがあります。

跳ぶだけなら縄がなくても跳べるんです。本当の浮遊感は、縄を跳びこすときにあります。そして縄は、羽根か翼かプロペラ。推進力を自分の手で動かしているような疑似感覚も、跳ぶが「飛ぶ」にせりあがる気持ちを手伝っているのでしょう。


でも、実際に塀にのぼれるかは別。

今回の話の属性は女子高生ではないんですけど、思いだした短編マンガがあります。

未来の世界で、作業用ロボットが 300年前に埋められたタイムカプセルを見つけて、持ち主の女子高生たちになりきる話。おバカで、でも毎日全力で過ごしていた子たちの記憶をたどりながら、やがて、違反と知りつつその姿で施設の外へ出ようとするシーン。

「あっ ごめん  …やっぱ 今のなしで!

 ―― 「やろ!」 「やれるうちにやろ!」


このふんぎりが、ブロック塀に(たぶん)ローファーで踏みあがったあの子の姿を思いださせるんです。そしてそのすぐあとに続く主人公のモノローグ。

 みんな わかってるんだ

 今はずっと続かない

  ―― 小畠泪「女子高生最強」『JUMP SQUARE RIZE 2021 AUTUMN』(集英社


管理されたロボットである自分たちと、彼女たちのたった3年間を重ねたような言葉が、タイムカプセルを抱きしめるような光景でした。

あの雨上がりの朝、飛びたい気持ちを乗せたような女の子の姿と、そんな心をずっと持って跳べていられたらいいなと思った記憶は、今も水たまりにそっと靴先を伸ばすときに思いだします。

イラスト:雨上がりの小道。水たまりをよけて低いブロック塀の上を歩くポニーテールの女子高生。傘を持っていたずらそうな顔で忍び足。水たまりではゆっくり歩く友だちが困り笑いで声をかけている。先に男子高生たち。木や家が小さく見える向こうは青空。囲むように縄が描かれている。

「何やってんの……」「いーの、いーの!」