■ マイナーなアルバムと思いながら
今回は「ブログのこと」。
この時期だけはアクセス数が多くなります。
学校がなわとびシーズンだからでしょうね。昔に比べるとなわとびの解説も増えて、このブログも目立たなくなってると思うんですが、10年以上過ぎても、なぜか同じくらいの数字で見られています。普段も含めてほとんどが検索流入なので、検索システムの引っかかりやすさが変わらないんでしょうか。
そんな状況なわりに、新着記事はコツ的な話に寄せていません。
なわとびを売りにしているなら書き入れどきなんでしょうけど、そこまでは意識してません。そもそも、ここを見つける人は検索で過去話を見ている人が大半でしょうし、そこから最新の話を求める人がどれくらいいるのか。そう考えると、別になわとびシーズンにがんばってコツ的なテーマを集中させるほどではないかなと……。
そもそも、大勢のニーズに答えようとする気持ちがないんですよね。
多くの人の役に立てばいいことだな、とは思います。でも、どこか他人事(ひとごと)のように思う感じで、強い目標にはなりません。本当にがんばるなら、よく読まれている過去話を何度もブラッシュアップするほうが大切でしょうし。
そんな感じで続けてきました。
分量だけ見ると、「なんかなわとびメインでずっと書いてる人がいる?」と一瞬注目はされると思います。検索で当たりやすいのもそういう話でしょう。でも、追ってみると、内容がそこまで踏みこんでるわけじゃないことに気づくんじゃないでしょうか。
ときどき耳にするタイパ、コスパといった感覚からしたら、細かいことや例外的なことでもテーマにしてあれこれ書いている話を読むことに、どれくらい価値を見いだせるのか? それこそAIで全記事を縦断要約して、役に立ちそうなところだけピックアップするくらいが効率的だろうと思います。
そして一部の人は一度は思うでしょう。
―― なんでここまで続けるの?
自分でもそう思うことはあります。
タイパ、コスパで言ったら、正直割に合ってません。公園で跳んでる時間より、文章とイラストにかけている時間のほうが多いくらいです。これがなわとび協会と連携して続けているとか、技術論として評価されているとかだったら、まだ自然な価値があると思うんですよ。
でも、価値というより「位置」がどこかはずれている印象です。
ここで前回に続いて外れ値というテーマに合わせるんですが、数あるなわとびサイトに比べると、このブログは直球でなわとびに向きあうスタンスではありません。何をもって王道と見るかに正解はないにしても、個人のこだわりのほうが強いのはおそらく確か。
続けているうちに、隙間(すきま)産業みたいな内容になってるんだと思います。
クセその他、苦手な立場でなわとびを書くこと。
正しさを抜きにして、細かい動きに目を向けること。
いろんなテーマをなわとびに重ねながら語ること。
誰が求めているのかわからない、でも、誰かが求めている内容かもしれない。それをマイナーだからと除外せず、中心から離れたところにあってもつぶやきを残してみること。

こういう人もいるんだよ、という気持ちもきっとあるのでしょう。