とびまるの「なわとびのこと」

なわとびのことを書いたり描いたりするブログ。

599 牛の一散

今回は「1年のこと」。

年末に始めたなわとびブログ、これで8年目に入りました。

今年の前半はどんな話を書いてたっけ……(覚えてない)。イラストを毎回描いてるおかげで、こういうときはイラストを日付順に見るのがてっとり早いです。あいかわらず、回しかた・跳びかたのことばかり書(描)いてました。

ただ、そういう話を「つなげて」見てみると、結局、どこかで手が止まるから縄が回らなくなるのがわかります。跳ぶ動作も同じ。いくつも書いた小さなポイントは、逆を言えば、それらができないときに小さなロスになって動きが止まるのです。

この2年くらい、ずっとサイドスイング+3重系中心に練習していて、今年もずっとそのへんのルーティンを続けていました。技でブレーキがかかる瞬間は上に書いたとおりで、それが原因として予想できるだけでも、進歩は続いていると思います(体のクセと年齢的なにぶりが敵ですが)。そんな技術話と練習の往復をブログでも繰り返すと思っていました。

しかしこれが、夏以降、変わるのです。


何かを主題に、なわとびの話に落としこむことが増えました。

きっかけはやっぱり、『プリキュア』だったと思います。子ども向けの作品だからこそ、昔自分が思っていたことや、大人になったからこそ気づいたことが浮かびました。ずっとふたをしていた箱を開けたような、それこそ「オープンマイハート」な気持ちになって、書けるように書いてみようと筆を持ちなおした気がします。

そんな変化を感じていたからうなずいたシーンが、初めて見た劇場版にありました。

「それがけっこうコンプレックスだったんだけどねー」

「……今は違うの?」
「うーん…、全然ないわけじゃないけどねえ、
 自分の得意な分野で、もっとがんばってみようかなって思ってさ」

 ―― 『映画ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー…ですか?』


主人公たちが、本編ではあまり口にしなかった過去と本音を、ここで1人ずつ言ってるんですよね。映画オリジナルのオリヴィエという男の子がそばにいたから、そして、オリヴィエが自分の選択という檻(おり)にとらわれていたから、みんな、心を開いて手を差しのべたのです。サイドストーリー的な場面を、こういう形で出せるのも映画という特別編の強みなんだなって、ひさしぶりにアニメ映画を見て感じました。

1人、つぼみだけは行動で伝えつづけたところが、自分も変わりたいと思っている彼女らしい、素直な姿でした。オリヴィエが姿を変えてしまっても、かけた言葉が「チェンジ、できましたか?」だったのが泣ける……。あれは、大人にしてみれば、自分が歩んだ時間にも投げかけられた言葉だとも思えます。書きかたを変えつつあった時期だからこそ、そう感じました。


そんな思いきった勢いを、今年のえと(牛)の慣用句タイトルにしました。

毎回、話が浮かんだときのイメージどおりに書ければいいな……。引用も使って、楽しむように書いてはいるんですが、逆に引用に頼って、書きたかったイメージを言葉に変えきれずだった話もあります。 588 つばめのうた とか、 596 天使の遺言 とか。(イラストはそこそこ思いどおりだったんですけどね)

縄と同じで、文字を紡(つむ)ぐ手が止まれば文章も流れません。書きたいイメージが浮かんだときは、「降りてきた」くらいの期待感があってもです。なぜそれが止まってしまうかと言えば、細かいイメージが足りないから。なわとびのように、きれいに「着地」できるところまで書くのが力を入れたい目標になりました。

今年の思い出ですね。なわとびでもブログでも、一瞬だけでも魔法をかけられたらいいなと思います。


最後に、年末えとイラストは、どこかあるある話で。

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1年ありがとうございました。次回、キリ番と正月をいっぺんに迎えながら、新しい1話に進みます。